立花仙蔵とお転婆娘

「文次郎、今皿から落ちたぞ」
「ったく、お前は母親か」
「人の親切心を母親呼ばわりするな」

忍術学園に一番近い町の茶屋。
貴重な休みを同室の文次郎と過ごすつもりなどなかったが、お互い出かけると言って歩き始めた道が別れる事は無く、流れで互いの用事を共に済ますことになった。
足休めに入った茶屋の軒下で日差しを避けながら甘味を食べていると、目の前を編笠を被った女が通る。
普段なら別に気にも留めない、ただの通行人。

「おいお前」

そんな通行人に突然私が声を掛けたため、文次郎は何事かと女を一瞥してから私に視線を向けた。

「出会い頭にお前は失礼じゃない?」
「何でこんなところにいる」
「そっちこそ何でこんなところに?」

編笠の縁を抑えながらようやく振り返った彼女は、やはり勘違いなどでは無く見知った顔だった。

「おい仙蔵、知り合いか?」
「はぁ…幼馴染だ。一応」

文次郎といる時にだけは会いたくなかった。
歯切れ悪く答えた私に、ほお?とだけ言って珍しそうに彼女を見る。
ええい、見るな見るな。

「女将さん、甘味一つ」

面倒だなと思いながらも声を掛けたのは、彼女がたった今一つ一つに十分な重さがあるであろういくつかの風呂敷を地面に置いたからだ。

「ねぇお友達さん、少し仙蔵の方に寄ってもらっても?」
「あ、嗚呼…」

文次郎は言われるがまま少しだけ空いていた隙間を詰めると、その隣に腰をかけた。
甘味も頼んで、少し居座るつもりらしい。

「何だその荷物の多さは」
「んー?家出」

文次郎が周囲の人間がこちらを見るほどの驚きの声を上げた。
彼女は慌てて耳を塞いだ後、自身の口元に指を立てて文次郎に静かにするよう促している。
その様子を見ながら、私は驚く事も無く溜め息を漏らした。

「はぁ、またか」
「また?」
「今年で何度目だ」

指を折る手は五本目で折り返し、小指がぴんと立つ。
その手をこちらに見せびらかすと、満面の笑みで数を知らせる。

「六回目」

季節は夏。年が変わってまだ半年。
単純計算で、月に一度は家出をしていることになる。
私たちの会話に文次郎は怪訝な顔をしてから、口をあんぐりと開けていた。

この幼馴染、家が商家で政略結婚のためにと見合い話が入ってきては、家のため売上のための結婚などしたくないと家を飛び出し続けること幾年。
何度連れ戻す手伝いをしたことか。
これで私より一つ上なのだから呆れる。

「飛び出して何日経った」
「九日だよ。色々な町を転々としてるから、このまま家に帰らないのもいいなーって思ってるところ。それなのに、こんなところでまた仙蔵に見つかるなんて驚いた」

また。そうだ、まただ。
また私はお前を見つけた。
毎度決まって、一番初めに見つけるのは私だ。
声をかけたのも、もはや条件反射だ。
こんなところにわざわざ遊びに来る理由も無いから、いつものだろうと思って。
膝に肘をついて頭を抱える。

「いつまでそうやって家出するつもりだ。早く帰れ」
「いつまで?仙蔵が私のこと連れ出してくれるまで、やめないつもりだけど」

何食わぬ顔でそう言ってのけた幼馴染を、ギョッとした顔で見る。

「大きくなったら結婚しようって、あんなに言ってたのにまだ迎えにきてくれないんだもんね」

度々繰り広げられる家出の理由が、私にもあったのだと、こんなところで知るべきではないだろ。
間に挟まれた文次郎が、居心地悪そうに気配を押し殺してあんみつを口に運んでいるのが、彼女に合わせた視界の手前でぼやけて見える。

「父様たちが文でも出さない限り、仙蔵には見つからないと思ってたんだけどなあ。見つかっちゃったし、今日は宿に泊まって明日のんびり帰るよ」

まるで私が見つけるまでは帰らないつもりだったような言い草だ。
そんな事で文を送られたとて、学業に穴を開けることなどできない。
流石になまえのご両親も、娘の家出捜索のために文など出さないだろう。

いつのまにか食べ終えていたあんみつの容器を店主に返しにいなくなると、戻ってくるなり慣れた手つきでいくつもの風呂敷を抱え直していく。
九日間の家出生活を満喫しているのか、その動きに疲労は感じられない。

「それより仙蔵にお友達がいて安心した。仲良くしてくれてありがとう。お邪魔してごめんなさいね。またどこかで」

編笠を被ると、私と文次郎に手を振って来た道を戻っていく。
まるで嵐のようだった。
またも溜め息をついた私に、分かりやすく肩の力を抜いた文次郎がにまにまと口を緩めて視線を向ける。

「偶にやつれて帰って来てた休み明けは、もしかしてそういうことか?」
「煩い」
「結婚したら尻に敷かれそうだな」
「それ以上何か言うなら私の分も奢らせるぞ」

甘味代で話が得られるならと、嬉々として支払いに立ち上がる。
私が口を割るとも限らないのに、同室の浮いた話が聞けると信じて軽快に隣から消えた文次郎が、頭をかきながら戻って来た。
まさか意気揚々と立ち上がったにも関わらず、手持ちがないとでも言うつもりか?
それとも。

「お代、彼女が俺たちの分も出してくれてるそうだ」
「嗚呼、そんなことだろうと思った」

予想は的中した。
昔からそうだ。
家出した彼女を私が見つけると、お詫びと礼と称して質の良い果物や珍しい南蛮菓子を届けてきた。
家出なんて突飛な事をするくせに、その礼儀だけは欠かさずだった。
今回は友人との時間に水を差してしまったことへの詫びと言ったところか。
その配慮が出来るなら、初めから違う形で反発して欲しいものだ。

十分に足を休めた私たちは声を掛け合うことなく立ち上がり、学園への道を歩き始めた。
文次郎が茶化しながら投げかける質問をのらりくらりと交わし、彼女のことを考える。

学園卒業後の進路、忍びとしての道、互いの家柄。
全て含めて彼女のことなど、もう何年も前から諦めていた。
だからこそ、彼女が何度も起こす家出騒動にいい加減にしてくれと怒っていたというのに。
彼女は幼い私が勇気を出して口にした、たった一度の一言を信じて何年も運命に抗っていた。

今日、あの場で彼女と出会わなかったら知り得なかったかもしれない。
蓋をしていた私の中の面倒な恋心が、胸の奥で燻る。

全く、手の掛かる女を好きになってしまったものだ。

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